THAT IS GOOD THAT IS GOOD

音に導かれる旅 音と宗教1

昨夜2月17日は新月で、旧暦の新年でもあり、
なおかつ今日からラマダンが始まる重要なタイミングとなる。

地球、太陽、月が織りなす天体の動きは
太古から人間の、
特に女性の肉体と精神に大きな影響を与え、出産も含め、
生命の神秘を感じさせ、
宗教という精神の拠り所になる文化の発展に
大きな影響を与えてきた。
また、種まきから収穫のタイミングまで、
その天体の動きが影響し、大規模農業、
つまり文明化する上でスケジュール、
暦を管理することは国家を形成する上で重要な要素にもなった。
現在、いわゆる文明国は「無宗教」という人も
増えてはいるのかもしれないが、
この地球に住む大多数の人は、何しさかしらの宗教に属し、
その宗派によるスケジュールの中で生活している。

宗教というだけで嫌悪感を抱く人がいることは
よく知っている。

まさにうちの親父がそうだからだ。

完全な無神論者だし、
坊さんや聖職者も総じてペテンだと思っている。

そんな父と有神論者である祖母に挟まれ幼少から葛藤した。

親父とは血の繋がりはあると思うが、
祖母とは無いらしい。

23歳になるまでそれは知らなかった。

過去とはそもそも曖昧なもので、
自分の記憶すら相当曖昧で、
他者の記憶や過去など、
本当に知ることは到底不可能だろう。

祖母は自分の母との真の関係性は語らぬままだった。
故に最期まで祖母と孫、という関係性で、
それはそれでよかったと思う。

そんな祖母と宗教や神について話したこともない。
ただ神棚があり、仏壇があり、お盆には坊さんを招いていた。
お盆の灯籠流し的なものは、一応ナスに割り箸を刺し、
家の目の前でもやし、下水溝に流した。
それでも、何か精神的なものは感じた。

父によると祖母はキリスト教的な流れもあったようで、
いずれ自分の母になる3歳の幼女をもらったか、
買ったかしたらしい。

その母は幼少からクリスチャン系の学校に行っていた。
そんな母は礼拝時の時間は好きだった、
と大昔語っていた記憶がある。

父の母、つまり父方の祖母は、
秋田の寺を持たない坊さんの娘で苦労したらしく、
そこから親父の宗教嫌いは感染したようだ。

親父の親父、つまり祖父は愛人の子で、
実の父にほぼあったことがなく、母もすぐ死に、
親戚中をたらい回しにされ、
少年時代は天井の蚕の納屋?で寝させられてたと親父から聞いた。

貧乏で、墓の維持費が払えず、坊主に墓を潰された
という恨みも父方の家には漂っていたようだ。

そんな親族の史実は自分が23歳で自立するまで知らなかった。
聞くこともなかった。

ちなみに母の本当の生まれは富山の魚屋の娘で、
その母、つまり本当の母方の祖母は
二人の娘を連れて離婚したが、
東京に出てきて、二人を手放し、
違う家庭を持ったらしい、と母から自分が35歳過ぎに聞いた。

そんなバックグラウンドで自分は育った。

親父の家族と母は相当仲が悪く、よく悪口を聞いた。

父方の家はそんな苦労人の夫婦が建てた?家が
伊勢湾台風で流され、千葉の市川に移住したらしい。
自分が小さい頃の市川は高度経済成長の末期で、
町中、本当に酷いニオイで、
そこらのドブに流れるヘドロが得体の知れない緑色をしていた。
工業地帯なのもあり、山や川や海というより、
完全に鉄とコンクリートの世界。

実家のエリアも同じく、環七沿いなのもあり、
自然、なんてものは感じられない環境だった。

唯一、自然を感じられたのは神社だけで、
いくら謎なお守りを売って、
得体の知れない祈祷をやっていようが、
そこに行くだけで神聖な気持ちになれた。

神道も具体的な『神』はいない。
解釈にもよるかも知れないが、境内の奥には鏡があり、
そこに映るもの、つまり自分の奥に存在するもの、
そこに神聖なものがあるのだろうか?

神道も諸説あるので一概には言えないが、
ラジカセか何かでかかっている雅楽もまた、
その『神聖さ』を感じさせてくれた。

実家の近くで夏に行われる盆踊りも、
生楽器はなく、爆音の割れた音でラジカセのような
スピーカーからの音でみんながヤグラの周りを踊っていた。

それでもお祭りは嫌いじゃなかった。

音が好き、とかではなく、電気で輝く提灯や、
1年に1回しかない、その祝祭感が『特別』だったから。

日常は夢も希望も無く、人がいがみ合い、競い合い、
足の引っ張り合いをするような社会でしかなかった。

少なくとも自分にはずっとそう見えていた。

だからこそ、『神』は本当にいるのか幼少からずっと考えていた。

話は変わり、
先日『ホピの予言』という
1986年に公開された映画の上映に
2011年以来再び深く関わった。

そことの関係性は以前書いた
アリゾナ、ホピ編に書いたので割愛するが、


今回その映画の監督の伴侶であった辰巳玲子さんからの依頼で、
一度禁じられた苦笑、
音の差し替えを数箇所行う自分が
当時やっていた上映の仕方を公式にやらせていただいた。

その上で、改めて2010年末にアリゾナの居留地まで行く痕跡を辿ることになった。

そして改めてホピという部族が持つ
特異な芸術性を再確認することになった。

それと同時に、今、2026年に上映する意味を考え、
その真意を再び広く伝えるために、我らがDOMMUNEの主宰、宇川氏に特別番組をやらないかと打診することにした。

その上で、その『ホピの予言』という作品を
ドキュメンタリーとして捉えるのではなく、
あくまで宮田監督が体験し、感じ、想像したヴイジョンを映像化したアート作品だという解釈を持った。

その上で、DOMMUNEの宇川君に
この作品が持つ
『アート性、政治・社会性、そして精神性』
を軸にトークすることで、再評価をする、というアイディアを提案し、喜んで快諾してくれた。

宇川君からは、その3つを合わせられるのはmoochyしかいないよ!
とも言われた。

そしてそのDOMMUNEや晴れ豆での上映会も大成功に終わり、


写真提供 : 矢郷桃


改めて考えると、
その
『ART, POLITICAL, SPIRITUAL』
というのはまさに自分の活動の基軸でもあるなと思った。

余談だが、2011年、まだ原発の話題が真っ盛りな頃、
吉祥寺でAKIRAの大友克洋氏と何回か飲む機会があり、
お互いだいぶ酔っ払ってる状態で、大友さんから
『あんたは政治、社会性を無しで音楽は作れるの?』
と真顔で聞かれ、こちらも息巻いて
『自分はPunkやHipHopに12歳くらいから影響受けてるのでそんなの無理っすね!』
と答え、大友さんが少し、がっかりした感じで、
『そっか、、』と言われたあの情景は今も忘れられない。

話を戻し、

アートとポリティカルのミックスは前衛系などに割とある。
ポリティカルとスピリチュアルの合体は
イスラムや創価学会などにもある。
アートとスピリチュアルも仏教画など割とある。

音楽において、その3つが絡み合うのは
1960年代の一部のJAZZやROOTS REGGAEにはあったと思う。

自分が2006年にレコーディングで訪れたジャマイカで体験した
ラスタファリアンの集会では
その真髄のようなものを感じた。

下記はその時の写真で右にいるのはBob Marleyのバックで
ナイヤビンギという太鼓を叩いていたStickyこと
Uziah “Sticky” Thompson氏

このあとまさにガイダンスで導かれたラスタの集会は衝撃的だった。

写真は残せなかったが、その時の内容を少し書いてみようと思う。

キングストン市内のバスで知り合ったまだ20歳そこそこの青年二人組は
日本で聞いたナイアビンギのCDを聞いて衝撃を受けジャマイカに来たと言う。

彼らから、一緒に行きませんか?と誘われ、
上記のSticky氏の家に行った。
その流れでナイヤビンギの集会もあるからと誘われたのだが、
途中で彼らが行けなくなり、
自分だけが行くことになった。

まあ治安がいいとは決して言えない国ではあるが、
自分自体もルーツレゲエのその奥にあるものとして、
ナイヤビンギには相当興味があったし、
当時住んでいた福岡の先輩DJから
下記の冊子のコピーをもらって読んでいた。

サウンド自体は気持ちのいい、ゆるい音楽なのだが、
改めて詩を読むと、
なんて政治的、社会的な内容なのかと驚愕した。

この前置きがあったのは本当に幸いだった。

現地に着くと、普通に小さな町の小高い丘にある公園?で
数十人のラスタファリアンたちが集まり、
音源で聴いていたような太鼓と歌を演奏というか、
チャント、祈りの儀式をやっている。
しかし、ジャマイカ訛りのパトワ(一応英語)
で聞き取れるのは

『アメリカ人全員死んじまえ』
『ヨーロッパは全部燃えろ!』
『バビロンは崩れ落ちろ!』

という完全な呪いの言葉の連続で、
アメリカの植民地である日本から来た自分は
ここにいて許されるのか?
と一人不安にもなる。

しかし、まだドレッドにもなってない青年が近寄ってきて、
今歌ってるのは聖書の何条からの引用なんだ、
と優しく教えてくれる。
周りを見渡すと、パネルにいろいろな薬草の説明があり、
そこに効能なども書かれてる。

さっきから優しくしてくれる青年の後ろには
明らかにガラの悪い青年たちが不貞腐れてる。
直感的に理解した。
優しい青年はその不良グループのリーダーで、
そのリーダー自体は完全に改心して
ラスタとして生きようとしてるのだが、
その手下たちはまだその領域まで行けてない。

さらに周りを見渡すと、当時では珍しい
腕まで刺青がガッツリ入ってる30歳くらいのラスタが
綺麗な白いドレスを着た7-8歳の娘と
ナイヤビンギに揺れている。

彼も元不良なのだろう。

そう、ここは不良更生施設でもあるのだ。

状況をだんだん把握してくると、
ラスタのおじいさんが寄ってきて、
踊り方を教えてやる。
いいか、右足、左足、右足、左足、と
大地を踏み締めて踊るんだ、と。

ある意味当たり前のことだが、生まれてきて、
そんなことを教えてもらったことが無く、
心底感動した。

彼らはこのあとブルーマウンテンまで登って
チャントが続くから、一緒に行こうと誘ってくれた。
あいにく自分はその日、
宿にある荷物を移動しなければいけなかったので、
断って帰ったのだが、それでも衝撃的な体験だった。

ちなみにこの会場の近くのアイタルフードの
(ラスタファリアンが生み出した健康食)
レストランで食べた内容も素晴らしかったが、
そこから会場の写真を撮ろうとしたら、
ラスタのおじさんから
『お前はスパイか?』
と言われ、
『いや、俺はスパイじゃない。
だったらデータを消すよ、』
とやりとりしたことも深く記憶している。

ラスタの集会は本当に政治的なもので、
政府にとって、それは危険分子を育む揺籃の場所なのである。

一応イギリスから独立はしてるものの、
現在もうっすらと当然植民地体制は続いているのを
改めて感じた一幕だった。

アフリカからイギリス人に拉致され、
家族とも引き離され、
訳もわからずこの地に降ろされ、
奴隷として酷い扱いを受けながらも、
どうにか生き残ってきた者たちの
執念とも言える力、憎しみ、そして知恵があった。

音楽としても相当美しいのだが、
そのメッセージの内容の濃さは
産業音楽の比ではない。

まさにポリティカルでスピリチュアルな
強靭なアートだった。

それはセネガルで2011年2月に体験した
バイファルというスーフィズム系の
異端イスラムの儀式とも通じる。

上記は彼らが崇める伝説の聖者
バンバ

彼がフランスの植民地であったセネガルの独立を進めた、
と言って過言では無い。

ラマダンが始まった今日。

自分がイスラムに開眼した重要なきっかけになったこの日のことを改めて読んでもらえたら幸い。

旅は続く

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: JUZU-%E3%82%A2%E3%83%BC%E5%86%990708.jpg

J.A.K.A.M. (JUZU a.k.a. MOOCHY / NXS /CROSSPOINT)
http://www.nxs.jp/
https://linktr.ee/JAKAM

東京出身。15歳からバンドとDJの活動を並行して始め、スケートボードを通して知り合ったメンバーで結成されたバンドEvilPowersMeの音源は、結成後すぐにアメリカのイラストレイターPusheadのレーベル等からリリースされる。DJとしてもその革新的でオリジナルなスタイルが一世を風靡し、瞬く間に国内外の巨大なフェスからアンダーグランドなパーティまで活動が展開される。 ソロの楽曲制作としても米Grand RoyalからのBuffalo Daughterのリミックスを皮切りに、Boredoms等のリミックス等メジャー、インディー問わず様々なレーベルからリリースされる。2003年にキューバで現地ミュージシャンとレコーディングツアーを敢行したのを皮切りに、その後世界各地で録音を重ね、新たなWorld Musicの指針として、立ち上げたレーベルCROSSPOINTを始動。
2015年から始まった怒濤の9ヶ月連続ヴァイナルリリースは大きな話題になり、その影響でベルリン/イスラエルのレーベルMalka Tutiなどからワールドワイドにリリースされ、DJ TASAKAとのHIGHTIME Inc.、Nitro Microphone UndergroundのMACKA-CHINとPART2STYLEのMaLとのユニットZEN RYDAZ、Minilogue/Son KiteのMarcus HenrikssonとKuniyukiとのユニットMYSTICSなど、そのオリジナルなヴィジョンは、あらゆるジャンルをまたぎ、拡散し続けている。また音楽制作のみならず、映像作品、絵本や画集 のプロデュース、野外フェスOoneness Camp”縄文と再生”を企画するなど活動は多岐に渡る。

pagetop